この記事は 社会人学生 Advent Calendar 2025 24日目の記事です。 かなりギリギリになってしまいすみません。
TL;DR
修士は現役でとれ。社Dはいいと思うが、フリーランスが完遂するにはハードルが高いぞ。
Who am I?
私は山形県で技術士(情報工学部門)を生かした仕事をしている(つもりなんだけどなぁ)フリーランスソフトウェアエンジニアです。
専門は組込み開発と呼ばれる分野で、いわゆるマイコンとかをいじる仕事です。 例えば、皆さんが今平然とお使いの NVMe SSD のファームウェアの開発を、規格が出てほやほやのころに開発してたりしていました。 当時は2DのFG-NANDで微細化が進むにつれて。。。(脱線したので強制終了)
また、ちょっと前の世代(CNN: Convolutional Neural Network; 畳み込みニューラルネットワーク)の “AI” も専門としていました。 組込みとAIを組み合わせて、地域の海ゴミ回収ロボットの自律走行システムなんかも作っていました。 (朝日新聞にインタビュー記事が載ってます! ← 熱い宣伝)
最近はとあるブロックチェーンベンチャーさんを手伝う機会を頂いておりまして、ブロックチェーン×組込み開発の2軸を組み合わせて、 ビットコインスクリプトの検証をハードウェアにオフロードしてしまおうというプロジェクトを立ち上げていたりします。
これまでの歩み
学生時代
私はいわゆる高専生というやつで、仙台電波高専という今は亡き高専に通っておりました。 高専というのは短大相当となりますので、もう2年間のおまけコースである専攻科というシステムを使って 四大卒相当の学修を行いました。 高専は学位を出せないため、 大学改革支援・学位授与機構 なる機構から学士(工学)を頂きました。
専攻科を卒業した後に大学院に進学するというケースはさほど珍しくなく、私の周りでもそこそこ進学するケースはありました。 そこで私も素直に進学しておけばよかったのですが、当時の私(特に専攻科時代)は中だるみというか燃えつきというか、 とても研究に打ち込める状況ではありませんでした。 そこで、そのような状況下で進学してもろくな結果にはならないという直感のもと、民間への就職を決めました。
社会人時代・フリーランス・起業・挫折
専攻科を卒業した私は、エンジニアとして 株式会社フィックスターズ に採用され、4年ほど勤めました。 組込みの基礎や、AIの基礎を叩きこんでくれた素晴らしい会社で、大変お世話になりました。 (もし関係者の方がご覧になっていたらこの場を借りて御礼申し上げます。)
4年ほど勤めた私は今思うと天狗になっており、組込みを完全理解した感を感じたためか、これはもう一人でやっていけると 無謀にもフリーランスに挑戦することになりました。 様々な案件を渡り歩いて、一程度の経験値を貯めました。 しかし、SES経由の案件を繰り返すことの限界を感じ、いっそのこと起業や!と思い立って会社を作ってしまうのです。
起業時代は、資金繰り、営業、プロジェクト遂行、人事労務管理など、様々な業務に忙殺されました。 その結果として自分の強みを活かせなくなったこと、また折しもコロナウイルス感染症と企業の時期がかぶり 案件がなかなか取れず資金繰りが悪化したことなどから、数年で会社を手放すことになりました。
その後、またフリーランスで細々と仕事を頂いて食いつないでいる毎日です。
社Mを取ろうとした想い
学士卒なのでまずはマスターを取ろうということで、まずは社Mを目指しました。 時期としては、ちょうどフィックスターズをやめたタイミングです。
フィックスターズには、東大・京大その他いわゆる「頭のいい大学」の修士持ちの社員さんがわんさかおります。 業務の一環で論文を読んだり、そのアルゴリズムを実装したりするのですが、学のない私には論文がちんぷんかんぷんだし、 そのせいで実装も後手後手でした。 そこにさっそうと修士卒の社員さんが現れて、論文をスラスラ読むし実装もバリバリこなす、そんな姿にあこがれたのが 社Mを目指したきっかけです。
また、これは自分の会社をやっていたときに思ったことなのですが、私の会社(ダーディット株式会社といいました。R.I.P.) は組込み×AIの軸で、いわゆる「エッジAI」の最先端研究を進めていきたいと考えておりました。 そうすると、単なる技術者ではなく研究者としての顔も持つことになります。 その際のいわばライセンスとなるのが博士号です。 博士号を取るためには、まず収支を取らなければならない。 これも私が社Mを目指した理由の一つです。
社M挫折談(1): JAIST編
社Mを志した当時は、東京に住んでおりました。しかし、社会人向けの博士課程は数あれど、修士課程となると授業の関係で 仕事との両立が難しいという課題がありました。
そこで見つけたのが、いわゆるJAIST、 正式名称は北陸先端科学技術大学院大学 東京サテライト です。
JAISTは名前の通り本校は北陸地方は石川県能美市にあります。 しかし、東京サテライトは品川駅港南口すぐのビルの一角にあり、大変利便性がよい大学院となっています。 ここでは毎週のように石川本校から教員が授業などに来ており、かなり手厚い指導を受けることができます。
しかし、終了に必要な単位数がかなり多いというのが私を襲った第一のハードルでした。 仕事柄稼働に波があり不規則な業務となっているため、なかなか講義に出席することができず、また講義に向けた 予習復習の時間も取ることができませんでした。 結果として、単位はほとんどとることができませんでした。
第二のハードルは研究です。 私は一貫して「生物の脳(いわば「天然知能」とでもいいましょうか)と人工知能の相互関係」をテーマと掲げており、 JAISTでは脳波(EEG)を使って脳活動を取れないかという考えで研究をしておりました。 しかし、脳波の解析手法を勉強しているうちに、脳波という大変「汚い」信号を扱うことへの疑問がわいてきてしまいました。
そうこうしているうちに仕事が忙しくなったり体調を崩したりとしているうちに、単位が在学期間中に取り切れないことが 確定し、中退を余儀なくされました。
社M挫折談(2): 放送大学編
次に目を付けたのが 放送大学 でした。 放送大学のいいところは、何といっても全国どこにいても講義・指導を受けられるというポイントでした。
挫折ポイントとしては、時間・カネ・環境です。 まず、相変わらずフリーランスで不規則な生活をしているため、研究の時間がなかなか取れません。 授業もほとんどとれずじまいでした。
次にカネです。はっきり言って放送大学の修士の学費は安いです。40万円そこらで済みます。 ですが、体調を崩してしまい仕事ができない時期があり、それすら支弁できない状況に陥りました。
最後に環境です。 放送大学のいいところは日本中どこからでも指導を受けることができるということですが、裏を返せば リソースが全国に散るということでもあります。 指導教官は幕張の本校にいるので、物理研究室みたいなものはありませんから、基本一人で研究を進めなければなりません。 入学すること自体はそこまで難しくありませんが、研究を完遂して無事終了するには結構な精神力・気合が必要な大学院です。 各都道府県に学習センターがありますが、もともと生涯学習の文脈で来ている年配の方が多く、同年代の学友がほぼいないのも つらいポイントです。
それでも私はあきらめない
以上、これまでの経緯を取りとめもなく書き綴ってきました。 なぜ私はこんな茨の道を進んでしまったのだろうと常々思います。 でも、研究をやるためには博士号が必要で、博士号を取るには修士号が必要。 そう考えると、修士でへこたれているようでは永遠に博士は取れないし、研究者にもなれません。
社会人大学院生は、とにかく時間をいかに有効に活用するかが勝負の鍵です。 これはほかの社D, 社Mを経験された方もおっしゃっていると思います。 時間の使い方が圧倒的に下手な私にできるのか?という思いはありますが、なんとかへこたれずやっていきたいと思います。
まとめとアドバイス
ざっとまとめますと、社会人学生はとにかく時間との戦いです。 マジで時間ありません。研究進みません。単位も取れません。 ですから、うまく時間を取れるような職場に行くとか、そういうレベルで対策が必要です。 くれぐれも日付が変わってから #ゆるふわホワイト退社 なんて言っているようじゃダメです。
次に、修士から社会人学生を始めようと思っている方がいらっしゃいましたら、 授業の負荷が結構重いです。さらに研究もしなければなりませんから、結構大変です。 そして、選べる大学の幅が狭いです。ここも結構きついです。
そう考えると、修士は現役でとることを強くお勧めします。 現役で修士を取るのが楽だというつもりは毛頭ありませんが、若くて頭の柔らかいうちにトレーニングを積めるし、 何より「研究室」という素晴らしいコミュニティーに所属し、学友から刺激を受けることができます。 ドクターは後からでも取れるけど、マスターは早いうちに取ったほうがいい。これが私の教訓です。
ここまで散文にお付き合いいただきまして誠にありがとうございました。 この文章が、社会人学生を目指す皆さん、あるいは学部を出てから修士に行こうか迷っている皆様の お目に係れば幸いです。
ありがとうございました。